クライミングギア個人装備の一例

 

本格的な登山を楽しもうと考えた時、クライミングギアは必ず必要になります。カムやナッツ、アイススクリューなどのプロテクション類やクライミングロープは団体装備として持ちますが、ビレイデバイスやスリングなどは個人装備として必要です。
ここではプロの登山インストラクターとして日々業務にあたる中で考えた、クライミングにおける個人装備の一例をご紹介したいと思います。

 


危ないところでは最初にセルフビレイをとり、最後にセルフビレイを解除します。
セルフビレイをとっているランヤードに発生する墜落距離は短いですが、落下係数は大きくなります。墜落衝撃は落下係数によっての変動が大きいので、短い距離の墜落でも腰に致命的なダメージを及ぼす場合もあります。そこでダイナミックロープを使用したペツルのデュアルコネクトアジャストを使用しています。
ダイナミックロープを使用したランヤードシステムを使用することで落下係数1くらいの墜落を起こしても、恐らく4kN程度の衝撃に留まると考えられます。大きな衝撃ではありますが、重篤なダメージを負うほどの衝撃ではありません。
専用商品を購入しても良いですが、メインロープを切って作っても良いでしょう。2.5m程度の長さのロープを2本用意するとちょうど良いと思います。



ハーフロープシステムの際はエーデルリッドのギガジュルを使用しています。

マニュアルモードとオートロックモードが切り替えられ、ブレーキアシストシステム付きのビレイデバイスとしてリードクライマーの確保を安全に行いつつ、フォロービレイや懸垂下降では、マニュアルモードに切り替えることで普通のビレイデバイスとしても使えます。
ツインロープではロープ径 7.1mm から対応していて、シングルロープではロープ径 10mm まで使用できます。この幅広さも使い勝手に繋がります。

ビレイデバイスには必ず反転防止機構(アンチツイストサブゲート)付きのHMS型安全環付きカラビナを使用しています。マイナーアクシスによるカラビナ破断のリスクを考え、安全を重視しています。



シングルロープシステムの際にはグリグリを使用しています。
ブレーキアシスト機能としてはグリグリのようなカム式のロックシステムの方が操作性が良く、特にフォロービレイの際の引きの軽さには感動します。また技術教育など、同じ場所を何度も上り下りする様な場合には、登り返しのしやすさなども大きな利点です。
グリグリはスポーツクライミングの道具というイメージが強いですが、個人的にはアルパインクライミングにも積極的に使用しています。日本のアルパインクライミングシーンにおいては灌木の生えた壁を登るケースが多く、ハーフロープシステムの優位性を活かせない場合も多くあります。その様なシーンにおいて、グリグリは相性が良いと考えています。



グリグリを使用する場合、合わせてペツルのピラナも持っていきます。
ピラナはキャニオニング用に開発された特殊な形状のエイト環で、かなり高いフリクションを発生させることができます。
シングルロープシステムの際には懸垂下降用にバックアップラインを別途用意しています。シングルロープの回収システムを作ればシングルロープとグリグリの組み合わせだけで懸垂下降も可能ですが、万が一バックアップライン1本で懸垂下降を行わなくてはならない場合にはグリグリでは行なえません。
ピラナで高いフリクションを発生させれば、バックアップライン1本で二人分の荷重がかかった状態での空中懸垂も問題なく行えます。
レスキューを考えた場合、合わせて持っておくと安心なデバイスです。



支点構築用に、240cm ナイロンスリングと 5.5mm × 10m ケブラーロープを携行しています。一般的なハンガーによる支点では、240cm ナイロンスリングによるクワッドアンカーシステムを使用。また巨木やある程度の岩でも 240cm あると支点構築できるケースが多くなります。
2重にして使うことでちょうど 120cm になるのも使い勝手が良い長さです。
灌木やクラックからの多点分散支点を構築するときは、5.5mm × 10m ケブラーロープを使用しています。ケブラーロープは圧倒的破断強度を持ち、細いながらも大きなテンション後でも解きやすい利点があります。
支点構築のみならず、お助け紐や救助システムの構築に使ったりもします。利便性を考え、普通のと反転防止機構付きのHMS型カラビナで携行してます。



樹林の中における登攀では、240cmのダイニーマスリングとプーリーカラビナをセットにしたものを3セット用意しています。
樹木が生えた壁ではどうしてもロープがドラッグしてしまうため、その屈折抵抗を緩和させるためにプーリーで逃がす必要があります。これによりロープの伸びによる衝撃吸収を活かせます。
樹木による中間支点設置ができれば、そのプロテクションは強固なものとなります。その強度を最大限活かすには結びによる強度低下を避けるべきで、ツーバイトやラウンドターンを行うべきです。
ある程度太い木にラウンドターンするためには、充分な長さのスリングが求められます。240cmあれば、ほとんどのシーンで対応できます。



石灰岩の登攀では 5.5mm × 250cm ケブラーロープを4本程携行しています。
ケブラーは結びによる強度低下率が高い欠点がありますが、圧倒的な岩角に対する破断耐性を持っています。元々防弾チョッキや防刃手袋などの素材に使われており、刃物すら通しません。鋭く切り立った石灰岩や割れたチャートの岩角には、ケブラー以外の選択肢がありません。

潰れた残置ハーケンなどにカラビナが通らない事もあります。スリングを直ガケするような場合にも、ケブラーだと安心でしょう。
また圧倒的な耐熱性も魅力です。ロープによる擦れが予想される場合にはケブラーを選択すると安心でしょう。特に懸垂下降の際の捨て縄には適していると考えられます。



業務上必要なのでクイックドローはいつも持ち歩いていますが、個人装備としては2〜3本程度で構いません。(支点構築の際の0ピンとして使うので、最低一本は持っておきましょう。)
クイックドローの考え方は人それぞれで、使用感が大きく変わります。個人的には軽量化を優先し、エーデルリッドのナインティーンを愛用しています。カラビナが小さく、鎖場の鎖にもクリップできるので、トラバースを伴うルートでコンティニュアスのまま鎖場を通過する為の中間支点とする事ができるので、業務上とても便利です。
短いクイックドローを6本、長いクイックドローを3本、アルパインヌンチャクを1本携行しています。



エーデルリッドのスポックと言うセルフジャミングプーリーを採用しています。

実測 60.5g と圧倒的軽さながら、プーリー効率 92% とかなりの高効率。さらに 7mm からの細径ロープにも対応しており、7mm台の細いハーフロープを使用する際にも安心です。荷揚げや登り返し程度であれば、バックアップラインなどでも問題ないでしょう。
ニードルタイプのアッセンダーを使用しているので、ロープの凍結や泥汚れに対しても安心です。一方で許容範囲を超える荷重がかかった場合には、著しくロープを痛める可能性も考えられます。中間登攀に使用する場合には、大きな墜落が発生しないよう充分な注意が必要です。
セルフレスキュー用として常備するにはとても良い道具でしょう。



経験上、最低4枚は自由に使える状態の安全環付きカラビナがあるべきです。
個人的にはエーデルリッドのスライダーが好きで、片手でスムーズに開けられるのでスピーディーなシステム構築が可能となります。
安全環カラビナをラッキングする為にもカラビナが必要なので、ここもプーリー付きのカラビナを使っています。セルフジャミングプーリー、フリクションコードのカラビナのプーリーと合わせ、レイジングシステム構築にあると良い3つのプーリーを無駄なく携行する事ができます。
大きく屈折するルートではプーリー付きのカラビナを屈折箇所のランナーに使うことで、ドラッグ現象も大幅に低減させることができます。

プーリー付きのカラビナがあると何かと便利です。



ロープを扱う上でグローブは絶対に必要です。
無雪期のシーズンは厚手のレザーのビレイグローブを愛用しています。でも沢や藪山では綿の軍手(化繊は溶けるので注意!)を使用したり、積雪期はウールにオーバーグローブの組み合わせでビレイしたりします。
手袋自体はすごく大切ですが、溶けずに手を摩擦から守ってくれれば何でも良い気もします。
個人的にはかなりタイトめなサイズ感で選び、グローブをしたままでも指先で細かい操作ができるものを好んでいます。ただその分だけ指先は冷えやすく、またグローブの脱着は困難です。
自分の好みを探しましょう!



クライミングギアの中には必ずナイフが必要です。
補助ロープを切って捨てなわを作ったり、スタッグしたビレイデバイスやプーリーのスタッグ原因となっているスリングなどを切断したり、クライミングレスキィーでは宙吊りとなっているパートナーのロープを切断して分散懸垂に移行したりなど、無いと命に関わる場合もあります。
滅多に使わないものなので、可能な限り軽量でありながらもロープに対する切れ味は鋭いほうが良い。クライミングメーカーから出ているナイフはこれらの要望に答えてくれる商品が多く、軽量ながら刃がセレーションになっていてロープをあっさり切ることもできます。
実際には主に食べ物のパッケージを開けるのに使用していますw



カムやナッツなどのプロテクションはパーティー装備として持つべきものですが、ハーケンだけは個人装備として持ったほうが良いと考えています。
身動きが取れないピンチな状況に陥っても、ハーケンを打つことができるリスはけっこうあるもの。イザという脱出の際や、人工登攀には欠かせません。
緊急避難的な使い方になるので、持っているのは最小限です。
縦横兼用の薄型ハーケンの長いのと短いのを1枚ずつ。Vアングルの小さめのを1つ。加えてクリフハンガーも前進用としてお守りがわりに持ち歩いています。
ハーケンは岩を傷つけるので可能な限り使うべきではありませんし、今どき殆どの場合カムかナッツで中間支点をとります。でもこのハーケンに何度救われてきたかも分かりません。



ハーケンを持つということは、当然ハンマーも持たなくてはいけません。ハンマーを持つならば、ピック付きのものにしておけば泥壁の登攀などで有利です!

一般的には、Mizo のロカやチコ、ロックテリクスのゴルジュハンマーなどを使う方が多いでしょう。30 ~ 40cm 程度の商品が多く、携行するのに邪魔になりません。しかし個人的には、昔から少し長めの、所謂 " バイル " と呼ばれる道具を好んでいます。
現在は Mizo の流星と言うチタン製バイルを愛用しています。長さが 46cm あり、急斜面で杖として使いやすい長さであり、ピックもやや下向きになっているので土や木の根をしっかりと捉えてくれます。

軽すぎてハーケンを打つ時は苦労します。緊急避難的に使う目的ならアリです!



シングルロープシステムを採用する場合には、その補助のためにベアールのバックアップラインを別途携行します。
バックアップラインは21g/mと超軽量な5mmのロープながら、10kNもの破断強度を持つスタティックロープです。採用するシングルロープと同じ長さのバックアップラインを用意すれば、ロープの長さ分の懸垂下降が行えます。またその強固さを活かし、長い支点構築用スリングとして多点分散支点の構築にも役立ちます。
また万が一の事故の際には、レスキューロープとしても役立ちます。
シングルロープでの登攀における事故は救助がとても煩雑となりますが、同じ長さのロープがもう1本あることでとても簡単な作業で救助が行えるようになります。とても便利な道具です。



これはほんの一例であり、この装備が答えと言うべきではありません。恐らく一般平均的なクライマーの感覚から見れば過剰気味な装備内容であり、救助関係の人から見るとやや装備不十分な感に見られるかも知れないし、ちょっとだけ本格的な登山を生業とする同業者からみれば、まぁ妥当な装備に見られたりするわけです。

自分と山との関わり方で持つべき装備は変わるものであり、その道具選びの段階から、その人のクライミングは始まっているのだと思います。
ただここに上げた個人装備の参考例は長年の経験の中で出来上がったシステムであり、セルフレスキューを含めたかなり汎ゆるケースに対応できつつ、その中でギリギリまで削り取った装備内容となっています。

闇雲に探すのではなく、まずはこれを参考にシステムを考え、自分にあった装備を整えましょう!