山の通信機器が命を救う

 

登山とは大自然の中を旅する冒険的行為であり、そこに人間の文明を持ち込むのは無粋な行為である。
その考えは分からなくもないが、個人的にはその理論は成り立たないと考えています。防水透湿素材の最先端マテリアルウェアや高性能なガスバーナーはもちろん、コンパスや地形図だって文明の利器には違いない。ましてやスマートフォンだってカメラだって持っていく以上、文明の利器を否定することはナンセンスだと考えています。
そもそも人間とはなんたるかを考えた時、所詮は動物であり、人間もまた自然の一部であるとも感じます。であるならば、文明もまた地球が生み出した生物の生活の巣であり知恵の一部に過ぎやしないかと考えるのは、流石に些か強引でしょうか。

もっとも何でもかんでも持ち込むべきでは無いだろうし、それによって登山の楽しみが半減されるのは如何なものかとは思いますが、少なくとも安全に関する分野に関しては最先端の文明を持ち込んでも構わないのでないかなって思っています。

言い訳がましくなりましたが、そんなこんなで僕はけっこういろいろなガジェットを持って山に入っています。

 

上の写真の5つのガジェットは、全て通信や位置発信に関わる機材です。

あらゆるインフラから隔離された山の奥深くからでも、街まで情報を発信できる事は安全管理上とても大切です。またイレギュラー発生時に外部から発見してもらえる事もまた、安全管理上とても重要なことでしょう。
そもそもその様な事故に陥らないよう、安全な山行が求められます。山の中で仲間同士の意思疎通が図れることもまた、リスクマネージメントとして重要なポイントとなるのではないかと思います。

 


一般的持てる、もっとも現実的に山の中から外部に連絡を取るのに適した通信機器が、グローバルスター社の SPOT GEN3。

軌道衛星を利用した位置情報発信機で、GPSログデータと予め設定したメッセージを送ることができます。大凡空が見えていればどこからでも送信できるので、余程狭い渓谷出ない限りほとんどの場所で使えます。
もちろん軌道衛星型の衛星電話があれば理想的ですが、あまりに高額なので現実的ではありません。
この SPOT GEN3 なら、25,000円ほどの販売価格と月額利用料2500円ほどの価格設定なので、かなり現実的に運用可能です。
メッセージは3種類遅れるので、"無事です" "遅れてます" "ビバークします"の3つを設定してあります。

またSOSボタンを押すと、24時間体制で構えている管理センターから直接救助要請してくれる仕組みになっています。



以前使っていた静止衛星型の衛星電話です。
ソフトバンクが取り扱っているスラーヤ社製の衛星電話で、南南西側の空が開けている時のみ使えます。軌道衛星型の衛星電話は大変高価ですが、このスラーヤは実質的に本体価格が無料です。
北側斜面では完全に全滅だし、南側斜面でも尾根に乗っていないと使えないシーンが多いようですが、それでもどんな山奥からでも電話ができるのは強みです。
後述する無線機を併用し、救助要請係が衛星電話と無線機を持って尾根まで上がれば、仮に事故の現場が谷底であったとしても救助機関までダイレクトに情報を届けることが可能です。
さらなる安心感を求めて軌道衛星型の衛星電話の購入を検討していますが、あまりにも高額なのでちょっと躊躇ってしまいます…。



【追記】 上記2つから切り替えた軌道衛星型の衛星電話、Iridium Extreme 9575 。地表から720km の位置に打ち上げられた66機の低高度衛星を利用した軌道衛星電話で、空さえ見えていれば地球上のほとんど全ての場所から通信可能な最強の衛星電話です。
KDDI で契約可能ですが、機種代が25万円~30万円と高額であることが難点。並行輸入品を購入して自分で海外の会社とSim契約する方法もありますが、けっこう英文翻訳が困難です(ちなみにこの方法で15万円ほどで購入しました。)

仕事で使うので購入しましたが、あまり一般向けでは無いかも知れません。それでも予算か手間を割ける方であれば、絶対の安心感があります!

通話料や月額基本料、又はプリペイド料金は思ったより現実的な値段で、救助要請時の利用に限らず定時連絡にも使えます。



普及が進んできたので知っている方も多いかと思います、ヘリココです。
位置情報発信型のビーコンで、受信機を使って数m単位まで位置を探ることができる優れものです。
救助要請がかかるとヘリココと契約している民間航空会社や、ヘリココの探索機を装備した警察や消防の救助組織が、受信機の方向に従って発信電波を辿って助けに来てくれます。
これは本当に素晴らしいシステムだと思います。

 

そしてもっと素晴らしいのはその年会費の安さにあります!

入会金3000円で本体が送られてきて、年会費3650円で利用できます。もちろん、ヘリコプターでの捜索費用は無料。

実際にヘリココでの救助事例も上がってきており、これによって救われた命が確かにあります。 



雪崩埋没時の捜索に使用するアバランチビーコンです。
数cm単位までピンポイントで捜索できる優れものですが、最大距離は数十mまでなので広範囲を捜索できる道具ではありません。あくまでも雪崩埋没者の捜索用となります。
雪崩埋没者の捜索には圧倒的な精度と探し易さを備えているので、雪山登山を行う際には是非持っておいて欲しい装備です。
雪崩埋没者を捜索する際には、ビーコンに加えてプローブ、ショベルが必要になります。
捜索には十分な知識と訓練が求められますので、実際に使うシーンが現れても慌てないよう、日頃から捜索訓練を行っておくことが大切です。

雪崩埋没者捜索専用の道具なので、無雪期などの雪崩リスクが無い環境では通常使いません。
雪がある環境では必ず装備しましょう。



免許不要なデジタル簡易無線です。簡単な登録だけで使えますが、最大で5wまで出力選択できますので、かなり遠くまで通信が行えます。
開放チャンネルがあるので外部に救助要請することもできますが、誰かが聞いててくれないと現実的に外部通信機器として成り立たせるのは難しいでしょう。
主な運用は同じパーティー内において、ビレイのコールを的確に伝えることに使用します。また何かしらの事情でパーティーを分断せざるを得ない場合や、万が一の事故発生時に衛星電話を持って救助要請に向かう通信係と、実際の事故の現場を繋ぐなどにも役立ちます。

このデジタル簡易無線もまた、安全な登山を遂行する上で大いに貢献してくれるガジェットです。

是非1パーティーに1組は用意してもらいたいです。



 

これらの道具の中でも特に優秀だなと感じているのが、この " SPOT GEN3 "。

2018年7月20日に日本で運用が開始されたばかりの衛星通信サービスで、グローバルスター社の衛星通信システムを使用しています。軌道衛星を使っているので、空さえあればほとんどどんな場所からでもメッセージを送信できます。

ボタンは全部で5種類。
"OK"ボタン、吹き出しマークボタン、手のマークのボタンはそれぞれに予め設定したメッセージと、現在位置情報がリンクされたメールを送信できます。手のマークのボタンは " 命に別状は無いが手助けが必要な際に使うボタン " と位置づけられており、有料オプションでロードサービス会社を直接呼ぶことができるシステムにもなります。電波の届かないエリアにドライブにでかける機会の多い方には良いサービスでしょう。


僕の場合は3つのボタンをメッセージと位置情報のみに使用しています。
OKボタンは特に問題ない場合の定時連絡用とし、" Regular contact. Ok.(定時連絡、問題なし) " としています。吹き出しボタンはルート変更、エスケープ、その他予定変更する場合とし、" Interim contact. Schedule change.(中間連絡、変更します) " と記載。 手のマークは大幅な遅れ、またはビバークする場合とし、" Emergency contact. Bivouac or Running late. (緊急連絡、生命には別状ないが、大幅な遅れが発生するか、またはビバークします) " としています。

これらのボタンが押された場合、その通知はこちらが指定した下山管理担当者(妻であったり親であったり)に連絡が入ります。手のマークのボタンが押された場合には、その山行に参加している緊急連絡先に下山管理担当者から連絡してもらうことで安心してもらう仕組みとしています。


S.0.S ボタンと足跡マークボタンはこれらのボタンとは違う役割をします。
S.O.S ボタンは " 生命の危険がある場合の緊急連絡ボタン " であり、このボタンを押すと24時間体制で緊急対応をしてくれる、アメリカの " International Emergency Response Coordination Center (国際緊急対応連携センター) " に直接位置情報を送ってくれます。

International Emergency Response Coordination Center (国際緊急対応連携センター) は即座に位置情報を解析し、対象地域の救助機関に救助要請を出してくれます。

足跡マークはログデータを残すボタンで、予めこのボタンを押してから山行を開始することで、送信される現在地情報にその日のルートが表示されます。万が一の遭難時には、どの様なルートを通ったかの情報から、最終的な位置情報記録地点からどう動いたかを予測するヒントとなります。

S.O.S ボタンと手のマークのボタンはうっかり押しちゃうとかなり厄介な事になっちゃうわけですが、そんなトラブルが起きにくい様にこの2つのボタンにはカバーがされています。偶然開いた状態になり、うっかり長押ししちゃうトラブルが起きない限り、原則ミスは起きないとは思います。

手のひらに収まるサイズで、重量も電池込みで114gとほとんど気にならない程度の重さです。
動作温度 - 30℃ / 60℃ 、動作高度 6500m 、防水防塵規格 IP67 とアウトドアで使用するのに十分な耐候性スペックも備えています。

販売価格、月額利用料共にかなり現実的な値段なので、安全の為に装備に加えてみてはどうでしょう?

 

 

 

またココヘリサービスも優秀です。

これもまた2016年に始まったばかりのサービスですが、すでに複数件の救助実績があり、しかもその多くが捜索開始から数時間以内に発見されています。
500円玉よりすこし大きいくらいのサイズで、重量も僅か20gと超軽量なビーコンで、万が一の遭難時には各警察消防の航空隊、民間航空会社に配備された親機を使って上空から捜索を行ってくれます。もちろんそれは救助要請ありきですが、それも上の SPOT GEN3 と組み合わせることで事故発生からより早い救助が可能となるでしょう。
ココヘリは950メガヘルツの電波を利用しているので、窪地や谷間など障害物が周囲にある場合には電波が届く距離が極端に小さくなります。一方で軌道衛星を使った SPOT GEN3 は空さえ見えていればかなりの確率で救助要請を行えますが、位置情報はGPSなのでやはり窪地や谷間では位置情報がかなり曖昧になってしまいます。
しかし大凡の場所はメールと共に発信されるので、その情報を元にそのエリアまでヘリコプターで近づけば、今度はココヘリのビーコン探索でピンポイントに場所を探る事ができます。
一つのサービスだけでは弱点があるものの、これを組み合わせることで弱点がほぼ解消されます。
しかもココヘリもまた超安価で、入会費3000円、年会費3650円でサービスを受けることができます。
SPOTと組み合わせても、年額3万円程度。安全の値段と考えれば、決して高いものではないと思います。

 

 

 

もし予算が許せるならば、軌道衛星型衛星電話の選択ができると理想的です。SPOT GEN 3 は定時連絡と救助要請に優れた道具ですが、山の中で起こるトラブルはシンプルなものばかりではありません。例えば特に危険な要素はないけれども大幅に時間が遅れているとか、それが理由で翌朝までビバークするなど、命に別状はないけど当初予定と大きく異なるスケジュールとなる場合など、細かな説明には口頭説明するのが一番確実に伝わります。
Iridium 社の衛星電話システムは66機の軌道衛星を利用しており、空が開けていれば地球上のどんな場所からでも通信可能なまさに最強の外部通信機器です。

日本では KDDI が代理店を行っており、凡そ25万円~30万円程度で購入可能です。また海外のSimキャリアを自分で契約するならば、並行輸入品が凡そ15万円~20万円程度で流通しています。(この場合、説明書なども含めて全て英語になるので注意が必要です。)
個人装備として購入するにしては確かに高額ですが、月額利用料はKDDIで6000円程度、通話料は20秒/60円程度と割と現実的な値段で利用できます。仮に1週間の縦走登山を行うとして、毎日テント場から自宅や職場に定時連絡を入れることができます。仮に1分の定時連絡を行うとして、6日間で1,080円。安心を買うと考えた時、割と現実的な値段ではないでしょうか?
本体価格にしてもiPhone二台分。これを高いととるか妥当ととるかは人によると思いますが(いや、やっぱり高いですが…)、ランニングコストは許容できる範囲なのではないかと思います。

本格的なアルパインクライミングを楽しむ方などでは、特に検討の価値ある通信システムではないでしょうか。

 

 

 

一つ一つのガジェットを見た時、そのコストは決して安いものではありません。しかしお金で買える安全は、できれば用意しておいた方が良いだろうと個人的には思ってます。(一昔前までこれらに加えてガーミンのGPSも持ち歩いていましたが、現在ではスマートフォンのGPSで対応しています。そう遠くない未来、全てのスマートフォンが軌道衛星通信も可能なものとなり、さらにピンポイントサーチ可能なビーコンシステムまで搭載されれば持ち物はもっと減るのですが^^;)


山で起こるいかなる事象も、全てその責任は各個人に課せられるものであり、自分で自分を守るのは登山者としての義務です。
知識、技術、経験、体力、そして安全を管理していく上で装備を整えることもとても重要です。
これらをしっかりと身に付け、事前準備していくことこそ、登山者に求められる自己責任の一環ではないでしょうか?
そんな安全管理の装備の一角を、最先端通信機器類で武装してみては如何でしょう?
きっと皆様の山登りは、もっとずっと安全なものになると思いますよ!
ご参考にして頂ければ幸いです。